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第5回[2008年5月2日(金)〜5月7日(水)]


3日目 5月4日(日)

 朝6時から朝食。久百々のお母さんから、「食べてね♪」とおにぎりやバナナ、飴などの心尽くしのお接待をいただき、足摺岬に向かって出発。同宿のお遍路さんたちは既に38番を打ち、39番に向かう打戻りの人、あとは車遍路の方だったので、一人で宿を出た。今日も34キロほどの行程。本当は、足摺岬に宿を取りたかったのだがどこも一杯で予約が取れず。仕方ないので、少しずつ離れたところに順番に電話をしていったら、結局土佐清水市内のビジネスホテルになってしまったのだ。まぁ、翌日は距離が短くなるからいいのだけれど。

 宿を出てすぐ、右手に遍路道の案内が。坂を上って山道を行き、下ると国道に合流。このあたりの遍路道は、山を迂回して走っている国道を、山道を通ってショートカットするような具合になっている。
 古道と国道を交互に歩くこと50分ほど、サーファーが群れている大岐海岸に出た。せっかくなので砂浜に降りて歩いてみたのだが、気分はいいけど体力消耗。砂の上は歩きにくい。まわりはサーファーばかりで私一人完全に浮いているし。でも、トリさんたちの可愛い足跡にちょっと癒された。
 
 国道に戻って少し先、遍路道に入って坂を下ると以布利港。
 
 港の先はちょっとした磯場。ちょっと“砂の器”っぽい? なんて思いながら歩いてみたり。
 このあたりは、県道と古道が交互に現れて道しるべ通りに歩いていたのだが、悩ましい案内が! 
 うーん、迷う。楽したい気持ちがウズウズ。と、そこに60代ぐらいのご夫婦お遍路さんが2組やってきた。1組は、ダンナさんが「せっかく来たのだから、こっち!」と古道へ。もう1組は、奥さんが「楽なほうがいいわよ、こっち!」と県道を選択。その様子を見てさらに迷うこと数分。土佐清水市内まで歩かなければならないことを考えると少しでも楽なほうが得策だとは思うけれど、60代のおじさん、おばさんだって古道を行っているんだし、とも思う。さんざん迷ったあげく、私も古道に入ってしまった。
 最初は緩やかな上り道だったので、これなら楽勝(^^♪、こんなんだったら1時間もかからないかもーなんて思っていたのだが、その後が結構大変だった。急に上ったと思ったら下り、また上り・・・。足場は悪くて滑るし。それでも、先に入ったご夫婦お遍路さんに途中で追いついたので一緒に歩いたのだが、このお二人かなりの健脚で。特におじさんが。下りで(私は下るのが苦手)トロトロしていると、あっという間において行かれてしまうのだ。もっとも、ご夫婦さんは38番を打ったらバスで宿に戻るということで、荷物はお杖と納経グッズだけという身軽な状態ではあったのだけれど。
 ヘロヘロになりながら、約1時間で出口。看板に偽りなしだった。


 その先を少し行くと、へんろ小屋があり、女性お遍路さんが休憩していたので私も一休み。200円で宿泊もOK。洗濯機もあるし、裏にはお風呂も作ってあるのだとか。小夏をいただいて元気回復。
 県道をひたすら進んでやっと足摺岬に到着。ジョン万次郎さんが迎えてくれた。長かったよー。

 
 万次郎さんの建っているところは駐車場になっており、バイクツーリングの人たち、家族連れと大勢の人がいた。さすが観光地。
 
38番の金剛福寺(こんごうふくじ)は駐車場からすぐそこ。善男善女で賑わっていた。金剛福寺は、嵯峨天皇から勅額を受けた補陀落渡海の霊場。補陀落(観音様がいるところ)目指して海へ漕ぎ出して行く場所だ。
 
  せっかくなので、少しばかり足摺岬を観光。まずは展望台に行ってみた。断崖絶壁。足摺岬の灯台が見える。去年の連休には室戸岬の灯台を見ていたことを思うと、感慨深い。高知の長い海岸線を全部歩いてきたんだなぁ〜、よくぞここまで来たもんだ。
 
 お寺近くの食堂でお昼ごはんを食べ、白山洞門へ。行ってみたはいいが、これがまた延々と階段を下った先にある。ということは延々と階段を上って戻らなければならないわけで、ツライ。荷物が肩と腰にのしかかる〜〜。
  
 波の力で、穴が開いちゃったというのだから、自然の力とはものすごい。
 降りてきてしまったことを少しばかり後悔しつつ上に戻り、近くの交番に寄って道を確認。ここからは来た道をそのまま戻って行く人が多いのだが(これが一番距離が短くて効率的なのだ)、私は戻らずに岬をぐるっと回って土佐清水の中心部まで行かなければならない。おまわりさんから手書きの地図をいただいた。これで、安心。
 しばらく県道を歩き、松尾の集落のあたりで古道に入った。ガイドブックには石畳の道なんて書かれていたのだけれど、そんなやさしい響きの道ではなかった。車道に出たら一旦右方向、唐人駄馬方面に。唐人駄馬は、既にバテていたのでスルーしてそのまま進み県道に合流。大浜を過ぎ中浜に入った。
 ジョン万次郎の生誕の町。
 
 記念碑の文字は、徳川宗家16代当主・徳川家達によるもの。
 町中はちょっと道がわかりにくく、何度か行ったり来たり。地元の方に教えていただいて、県道に戻った。その先にも古道の案内があったのだが、もう無理と判断。そのままひたすら県道を歩き、やっと清水港の入り口に出た。
 宿はもうすぐ、と思いきや、町中に入るには港をぐるっとまわらなければならない。これがけっこうつらかった。対岸に町が見えるのに、遠いのだ。
 なんとか町中に入り、このへんでお目にかかることはあまりない大型スーパーで夕食と明日の朝食を仕入れ、今日の宿 ビジネスホテル南粋へ。もう、一歩たりとも動きたくない!

 部屋に入ると、床がフローリングになっていた。これなら素足でぺたぺた歩ける。かなり嬉しいゾ。
歩いた距離と到着時間
久百々(9:40出発)→19.7キロ→38番(12:35着)→14.3キロ→ビジネスホテル南粋(18:00着)

かかったお金
宿泊 5,800円(素泊まり)
その他 2,730円(昼食・飲み物など)
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